名古屋高等裁判所 昭和49年(ネ)332号 判決 1976年5月31日
控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という)
中部興産事業部、坪内東洋こと
坪内行雄
右訴訟代理人
宮崎厳雄
外一名
被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という)
水谷伊都
右訴訟代理人
大矢和徳
外一名
主文
控訴人の本件控訴を棄却する。
控訴人は原審認容の抹消登記手続のほか、さらに、別紙目録記載の土地の持分についてなされている名古屋法務局広路出張所昭和四八年一〇月一三日受付第三六三四一号水谷伊都持分全部移転請求権仮登記の抹消登記手続をせよ。
当審における訴訟費用は全部控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一被控訴人が本件土地の持分および本件建物の所有権を有していること、本件売買予約を原因とする本件各仮登記が経由されていること、控訴人と被控訴人との間において本件売買契約が締結されたことは当事者間に争いがない。
二控訴人は、本件売買予約が成立していないことを自認するものの、本件売買予約と本件売買契約とは本件各仮登記の原因関係としては同一性を有すると主張している。そして、前記一の争いのない事実と当審における控訴本人尋問の結果を総合すれば、控訴人が本件各仮登記手続を経由したのは本件売買契約に基づく買主の地位を保全し、かつ金融機関から融資をうけるについて便宜を得る目的に出たものであることが認められる。
三ところで、被控訴人は本件売買契約は解除によつて消滅したと主張しているので、以下これについて判断する。
1 控訴人の履行遅滞について
(一) <証拠>によれば、被控訴人は昭和四四年五月一五日訴外有限会社中部興産(取締役控訴人)から本件土地の持分付の本件建物を購入し、本件建物に居住していたが、昭和四八年三月婚姻して転居したこと、控訴人は本件建物を含むビルの管理人であつたこと、そこで被控訴人はそのころ控訴人に本件土地の持分および本件建物の売却の仲介を依頼しようとしたところ、控訴人が自ら購入することを希望し、本件売買契約が結ばれたこと、本件売買契約の締結当時においては、控訴人は手持資金がなかつたが、五〇日間あれば、金融機関から資金を借り入れることができると考えていた(しかし控訴人は資金の調達方法については被控訴人に何もいわなかつた。)こと、被控訴人は控訴人に昭和四八年五月中旬ころ本件建物の鍵を預け、同月下旬ころ被控訴人の委任状および印鑑証明書を手渡し、本件売買契約に基づく受渡をする際には控訴人がまず被控訴人の肩書住居に立ち寄り、両名が揃つて畑林司法書士事務所へ赴き、各本登記申請手続を委任するように取り運ぶことを約束したこと、そこで被控訴人は六月一〇日当日本件土地の持分および本件建物の登記済証を準備し、自宅において控訴人が来るのを待つていたこと、しかるに控訴人はその時まで金融機関から融資を受けることができず、従つて残代金も支払うことができない状態であつたため同日被控訴人に対し電話で「今日は都合が悪くなつた。二、三日したら連絡する。」旨告げ、代金の支払をしないことを明らかにしたことが認められ、<る。>
(二) ところで、双務契約の当事者の一方が自己の債務の履行をしない意思を明確にした場合には、その者は、相手方が、自己の債務の弁済の提供をしなくても、自己の債務の不履行について履行遅滞の責を免れることをえないものと解するのが相当である。前記認定事実によれば、控訴人の残代金支払義務と被控訴人の各本登記申請義務とは同時履行の関係にあるが、各義務の履行期日である昭和四八年六月一〇日においては、控訴人には残代金支払の資力がなく、約束に従つて自宅において控訴人が来るのを待つていた被控訴人に対し、残代金を支払うことができないことを明確に表示したのであるから、控訴人は残代金支払義務について履行遅滞に陥つたというべきである。
2 残代金支払期日の延期について
(一) 控訴人が、その主張のとおり残金支払期日の延期を申し入れたことは当事者間に争いがない。そして、<証拠>中には被控訴人が右申入れを承諾したとの部分があるが、右部分は措信できず、かえつて、<証拠>によれば、控訴人は六月一四日被控訴人方において右延期の申入れをしたうえ、被控訴人において右申入れを承諾した旨記載した「証」と題する書面を作成し、これに署名押印して被控訴人に手渡したこと、しかし、被控訴人は、右書面には延期後いつ残代金が支払われるのかについては全く記載されていなかつたので、いつまで延期するのか明確にしなければ承諾できないと申し出たこと、控訴人はこれについて何ら確答を与えず、勝手に右書面を被控訴人方に差置いて立ち去つたことが認められる。
(二) 控訴人主張のとおり不動産売買予約証書が作成されたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、控訴人は昭和四八年六月三〇日ころ被控訴人に対し、金融機関から融資を受けるにあたり、その金融機関に見せるため使いたいので右売買予約証書の末尾に署名押印してくれと申入れたこと、被控訴人はこれに応ずれば数日中に控訴人が金融機関から融資を受けて、残代金を支払つてくれるものと信じ、その求めに応じたことが認められる。
(三) 次に、被控訴人が昭和四八年八月七日控訴人に対し印鑑証明書を郵送したことは当事者間に争いがないが、控訴人が右売買予約証書および右印鑑証明書を本件各仮登記申請手続をするため使用することについて、被控訴人の承諾を得たとの点については、これに副う当審における控訴人の供述は措信できない。かえつて、<証拠>によれば、被控訴人は昭和四八年八月七日以後その父から早急に残代金の支払を催告するように注意され、控訴人に対し再三電話で残代金の支払を促していたが、控訴人は誠意のある態度を示さなかつたこと、被控訴人は昭和四九年二月中旬ころ残代金の支払を受けられなければ本件売買契約を解除したいとの意向に傾き、電話で控訴人に対し、「損害金を払うと言いながらそれすら払つていないではないか」と詰責したことがあつた等の事実が認められる。
(四) してみると、控訴人が被控訴人において残代金支払期日の延期を承諾したことの証左として挙げている事実はすべて認められないことに帰するので控訴人の右延期の抗弁は採用できない。
3 無催告解除の特約について
控訴人主張のとおり本件売買契約証書に無催告解除の特約条項が不動文字で印刷されていることは当事者間に争いがない。しかしながら本件にあらわれたすべての資料によるも、控訴人と被控訴人とが右特約条項に従う意思を有していなかつたと認めることはできず、信義誠実の原則に徴しても本件において右特約の効力を排除しなければならない特段の事情も認められないので、右条項をもつて例文と解するのは相当でない。よつて、右条項による無催告解除の特約は有効であるというべきである。
4 被控訴人がその主張のとおり契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがないから、本件売買契約は昭和四九年三月一日解除によつて消滅したものである。よつて、控訴人は本件土地持分および本件建物のうえに本件各仮登記を保持しうべき理由がなく、控訴人は被控訴人に対し本件各仮登記の抹消登記手続をなすべき義務があるといわなければならない。
四以上説示のとおりであるから、本件建物についての本件仮登記の抹消登記手続請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、附帯控訴による本件土地の持分についての本件仮登記の抹消登記手続請求も理由があるからこれを認容し、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。
(宮本聖司 鹿山春男 新田誠志)
目録<省略>